070211 渡嘉敷島と首里城

 

渡嘉敷島一周マラソンに友達が出るというので、沖縄本島の泊港から慶良間列島の渡嘉敷島まで船で渡った。
渡嘉敷島は本島から確か40kmくらいの距離で、本島からでも肉眼で見える。
透明度30メートルを誇り、世界一の海と地元では自負する。
↓渡嘉敷島から見た慶良間列島

この季節、本島と慶良間の間の海峡は、鯨海峡と言われ、ホエールウォッチングの船がたくさん出ている。この時も鯨が何頭か目撃された。
左の写真では分かりにくいが、船と船の間に鯨のブロー(息をするときの息吹)が見られた。

フェリーの乗務員が船内放送で鯨が泳いでいることを教えてくれ、エンジンをとめて見学させてくれる。フェリーの乗務員も渡嘉敷村の職員だから、村をあげての歓迎である。
←これはインターネットから借りてきた写真であるが、このように見えるときもあるらしい。

渡嘉敷島は結構高低差があり、マラソンでは海抜0mから海抜230mくらいまで駆け上がる。距離はだいたいハーフマラソンくらいである。

渡嘉敷島 はビーチが有名であるが、岩場もあり、その造形が面白い。
 

慶良間の海はケラマブルーと言われる色をしている。沖縄の海はどこに行っても綺麗だが、場所によって微妙に色が違う。砂地や珊瑚、岩の色など海底の状態や反射によって変わるのだろうか? 完全に晴れていれば海の色はもっと鮮やかになる。


小林先生の友人の灰谷先生の家を見つけた。偉大な作家である。トカシクビーチが見渡せるところにあった。

島に入る時は島の人たちが迎えてくれた。あの有名な慶良間太鼓である。村の一大行事ではあるが、島人のフレンドリーな気持ちが伝わってくる。

帰るときはハルヒロ君が空手の形セーパイを披露してくれた。靴を履いて行う形演武は難しいだろう。ハルヒロ君は俺が泊まっていた民宿で働きながら島の子供たちに空手を教えているそうだ。すばらしい。

マラソンのあとで行われた祭りで結構酔っ払ったみなさんは、帰りの船でも甲板の上で踊っていた。何とサンシン(三味線)と太鼓も出てくる。この踊りはカチャシーという。女性は手を開いて、男性は手を握って踊るらしい。韓国舞踊にも似ているがまた違う。

見知らぬ人にも「一緒に踊ろう」と声をかける。なんとも沖縄らしい光景である。酔っ払ったうえに船が揺れるので海に落ちそうになるのである。内地なら怒られるが、ここでは船の乗務員も笑っていた。なんともおおらかだ。

那覇についてから久しぶりに首里城に行ってみた。

たくさんのシーサーがいた。

首里城正殿⇒

内地より中国っぽい建築。琉球の文化を大事にしたいものだ。